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ココアとの出会い
先日、チョコレートを溶かすという技を身につけた息子。チョコレートを眺めながら、またなにやら考えている様子だった。

"I've got an idea."
(いいこと思いついた!)


と目を輝かせた。また、アイスクリームにチョコレートとホイップクリームをかけて、フルーツを乗せて、などといった甘いものの混ぜこぜなんだろうと思いきや、少し違うアプローチを取ってきた。

"How about ... melt chocolate, add milk, add marshmallow and drink it all?"
(チョコレートを溶かして、ミルクを足して、マシュマロを入れて、飲むっていうのは?)


なかなかいいアイディアだ。しかし、問題が一つある。それはもう先人が実行に移していることなのだ。そして、ココアあるいはホット・チョコレートという正式名称もつけられているのだ。

これでは情けないので、早速インスタント・ココアを購入してきた。

cocoa


マシュマロを別途購入するつもりだったが、これはあらかじめマシュマロまで入っている優れものだ。

早速お湯を足して、飲んでみる。

"Hot chocolate is good for a cold day."
(寒い日はホットチョコレートだね!)


と生意気なことをいう。彼の知識をフル活用して、チョコレートとココアの歴史に思いを馳せているのだろうか。とりあえず、大満足の様子だった。

そして、実際に今日は肌寒い一日だった。寒い日のココアって、侮れないのだ。僕もおいしくいただいたのであった。


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テーマ:初めての○○ - ジャンル:育児

未分類 | 17:41:40 | Trackback(0) | Comments(3)
OshKosh B'Gosh
スーパーの駐車場で、となりに停まったおじさんが、息子のパーカーを念入りに見ていた。

しばらしくて、満面の笑みを浮かべながら、歩み寄ってきて、こう言った。

"That's where I am from."
(俺はそこの生まれなんだよ)

息子の服には、OshKoshと大きく書かれていた。

"It's actually Oshkosh B'Gosh. It's a city in Wisconsin."
(ほんとうは、オッシュコッシュ・ブゴッシュって名前でね、ウィスコンシンにある市なんだよ。)

とのことであった。

知らなかった。変な名前だとは前から思っていた。しかし、市の名前だとしたらもっと変だ。そして、息子はどうして自分の洋服におじさんの出身地が書いてあるのか、全く意味不明の様子であった。

家に戻ってきて調べてみると、確かにそのとおりであった。そして、この店の名前がウィスコンシンの市から取られているのは、かなり知れ渡っていることのようだった。

知らなかった僕は恥ずかしいのかもしれないが、それだけ有名だったら、わざわざ話題にするおじさんも妙な気がする。

そして、息子は、
"What is Wisconsin?"
(ウィスコンシンって何?)


という失礼なことを聞いてきた。いや、失礼なのは僕の方で、アメリカの地図を渡されても、ウィスコンシンを指すことは出来ない。きっと多くのアメリカ人だって分からないに違いない。

それでも、ひとつ賢くなった気分だ。そして、ウィスコンシンなる州が少し身近に感じられた、ような気がする。


テーマ:ベビー服・子供服 - ジャンル:育児

未分類 | 16:27:05 | Trackback(0) | Comments(5)
Food drive
今日はThanksgiving(感謝祭)だ。

この日は、家族揃って七面鳥などのお決まりの料理を食べることになっているが、当然食べられない人たちもたくさんいる。そういった人たちに、ボランティアが食事を振舞う、というのがアメリカでの季節の風物詩になっている。

資金は募金で賄われており、あらかじめ"1.5ドルあれば、もう一人感謝祭の夕食をいただくことができます"といった宣伝文句で募金を集める。僕がどうこう言えるものではないが、この競争重視の社会でも生きながらえている素晴らしい風習だと思う。

同じような発想で、food driveという活動がよく見られる。これは、缶詰など長持ちする食品を、職場、学校、近所などで一定期間収集して、食事に困っている人々に寄付する、というものだ。もちろん、直接配って回るわけではなく、専門の団体に寄付という形をとる。これはこれで、立派な社会的自助機能だ。

普通に考えると、この二つはパックにしたくなる。

ということで、あちこちでThanksgivingのfood driveが行われることになる。

息子の幼稚園でも、food driveが実施されていた。子どもに社会問題を考えさせる効果もあるので、歓迎すべきことだ。ただし、それだけでは幼稚園児は盛り上がらないので、それなりの工夫が必要になる。

そこで幼稚園が考え出したのが、"缶詰をひとつもってきたら、名前を書いた紙を一枚壁に貼ろう"というものだ。food driveにゲーム性を持たせることができ、かつグラフの勉強にもなる、ということらしい。

当然、子どもたちは大喜びで、缶詰を持って行き始めた。

と、ここで少し疑問が生まれてくる。以前書いたように、カトリーナ救援募金では、クラスごとの競争という設定であった。最終的に息子のクラスが一番金額を集めて、"We won!"(僕たち、勝ったよ!)と大喜びしていたのだ。これでは明らかに何かがおかしい。今回も同じような結末を向かえるのではないだろうか。

まあ、ここで目くじらを立てても仕方がない。とりあえず、昨日の段階で結果が出ているので、どのクラスが勝ったのか聞いてみた。

"Dad, this is not a contest. It is about helping poor people."
(あのね、これはコンテストじゃないんだよ。貧しい人たちを助けるためのものなんだよ。)


と即座に切り替えしてきた。幼稚園で対策を立てたのか、子どもたちがしっかりしているのか、いずれにしろ余計な心配だったようだ。


そして、世界中さまざまな問題が山積みの今日、こんなに呑気でいられることに、僕たち親子は感謝したいと思う。


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テーマ:行事 - ジャンル:育児

未分類 | 17:16:56 | Trackback(1) | Comments(4)
森林を救おう
最近すっかりブログの更新をしなくなってしまった。怠けていると言ってしまえばそれまでだが、ひとつ言い訳がある。

家中の書類をスキャンする、というプロジェクトを進めているのだ。過去のレシートや明細書をスキャナーにかけて、不要に紙はシュレッダーにかける。それだけのことだ。家のスペース節約にもなるし、必要だったら過去のデータへのアクセスも簡単になる。単純なことなのに、効果絶大だ。

しかし、始めてみたら、大きな問題に直面した。ひたすら時間がかかるのだ。結構長い時間を費やしているのに、一向に終わる気配がない。そして、完全単純作業なので、すぐに飽きてしまう。

こういうときは、子どもの手を借りるに限る。息子にシュレッダーをお願いする、という分業体制を確立した。それによって効率が上がったかどうかは疑問だが、退屈度は少し減った。彼も妙に楽しそうだ。

そして、突然、関心なことを言い始めた。

"Saving paper means saving trees!"
(紙を節約したら、木を救えるんだよね!)


どこかで聞いたことの受け売りなわけだが、立派なことだ。しかし、言っておきながら、よく分かっていないようだ。

"But why?"
(でもどうして?)


紙は木で出来ていて、紙の消費が増えれば、森林を伐採するんだと、僕も受け売りの説明をしておいた。

しかし、それだけでは全く納得いかなかったようだ。これだけの量の紙を節約したところで、どうしてあれだけ大きな木を救うことが出来るのか。そして、僕ら作業は、紙を捨てているのだ。

もっともな疑問だ。スローガンだけは聞いていたが、その意味は全く分かっていなかったらしい。僕だって、本当に理解しているわけじゃない。

社会の変化は、個々人の意識改革から始まる、だから、僕らがやっていることが、長期的には森林を救えるんだ、とレシートをスキャンしながら説明してみたが、もう息子は上の空の様子だ。

僕は説明することを、息子は理解することをあきらめ、僕らは黙々と作業を続けた。

意義が分からなくても、やらなければいけない作業もある。とりあえずそんなことを学んでもらったのかもしれない。


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テーマ:成長 - ジャンル:育児

未分類 | 17:53:38 | Trackback(0) | Comments(5)
男は泣かない
男の子は、どの程度泣いたかで格が決まる。人前で泣くと、それも痛さによるものだと、即座に敗者と認定されてしまう。それがガキ社会のルールだ。

僕はそんな風な記憶が残っていた。しかし、それは幼稚園卒園後のことのようだ。

息子にはそんな感覚は、まだない。ある一線以上の痛みに襲われたら、泣いても恥ずかしくないと思っている。逆に、他人がどの程度の刺激で泣くのか、事実として興味を持っているほどだ。

今朝、僕は紙で手を切ってしまい、簡単な絆創膏をしていた。それを見つけた息子が、いろいろ尋問してきた。切った様子も知りたかったようだが、最大の興味は、

"Did you cry when you got the paper cut?"
(切ったとき、泣いた?)

ということだった。その程度で、大人は泣かないのだ。

意地になって、自分も泣かない、あるいは本当は泣いたんだろうと聞いてくるかと思いきや、

"You don't cry when you get a boo boo?"
(怪我しても泣かないの?)


と、素朴にそんなはずはない、と疑問に感じているようだった。絶対に泣かないと言うと、

"You don't cry even if you bleed a lot?"
(いっぱい血が出ても泣かないの?)

"You don't even if you bleed to the outer space?"
(宇宙まで出血しても泣かないの?)


それでも泣かない。そんなことになったら、泣く前に死んでしまう。というか、そもそもそんなに血液はない。

これで話が終わりかと思っていたら、もう一段上があった。

"Then you don't cry even if you are scratched by a cat?"
(じゃあ、猫に引っかかれても泣かないの?)


そんなことで、泣くわけがない。そして、苦痛の最上級は、猫に引っかかれることなのか。出血多量よりも、怖いことなのか。

彼が男のランクを定めるようになった際には、猫に泣かされるかどうかが試金石になるわけだ。なんとも呑気な話だ。

それはともかく、彼が生きていく過程で、猫に引っかかれる局面は出てくるだろう。そのときにショック反応を起こさないよう、気に留めておく必要があるのかもしれない。


テーマ:男の子育児 - ジャンル:育児

未分類 | 17:18:55 | Trackback(0) | Comments(3)
ハロウィーングルメ
息子にとって、今年のハロウィーンも大収穫だった。数が多いこと自体がうれしいようで、もらってきたお菓子を広げては、ニヤニヤしている。

今日になっても、個別包装のチョコレートを取り出して眺めていた。が、少し様子が違う。電子レンジにかけた後のように、中身が溶けている様子だ。本人は、

"It's squishy and squashy."
(ぐにゃぐにゃだよー)


と楽しそうだが、いったいどこでどうしたんだろう。怪訝にしていると、待ってましたとばかりに、自分のやったことの説明を始めた。

話は単純で、ノートPCの通風孔の近くに置いておいたそうだ。熱でチョコレートが溶けただけの話だ。

candy_1


"This melts chocolates. This is what I discovered in this family."
(チョコレートが溶けるんだよ。これ、家ではぼくが最初に発見したんだ。)

そんなことは分かっているが、誰もやろうとも思わないだけだ。そして、そのチョコレートをどうするのかと思いきや、封を開けて、パンにぬりだした。

caondy_2


"You did not know how to make chocolate spread?"
(チョコレートスプレッドの作り方なんて、知らなかったでしょう?)

そういう問題じゃないだろう。知らないのはどっちだ、とも思ったが、そのまま試食会に突入。無理やり食べさせられたが、結局ものはチョコレートなので、別にまずいものじゃない。

"You thought it would not be good, huh?"
(おいしくないと思ったでしょ?)

本人まさにご満悦という感じだった。その後も、複数のチョコレートを使って実演してくれた。キャラメル入り、ピーナッツバター入り等、それぞれの味がして、楽しいかもしれない。

なんだか不本意な気がするが、うちのハロウィーン・キャンディー活用方法として定着しそうだ。


テーマ:食育 - ジャンル:育児

未分類 | 17:54:20 | Trackback(0) | Comments(2)
Todoリスト
最近の子どもは忙しい。宿題もあるし、友だちに誕生日プレゼントも買わなきゃいけない。映画の公開スケジュールも押さえておきたいし、やりかけのゲームもある。幼稚園のイベントも、近所のイベントも毎週のようにやってくる。

これだけのことを、5歳児が的確にこなせるわけがない。

実際、息子は忘れまくる。ほとんど忘れまくる。ついでに親も忘れまくる。

しかし、それでいいのだ。できっこないのだ。その範囲で出来ることをやるのが5歳児の使命だ。

最近の子どもと書いたが、実は僕が子供の時も、同様に忙しかったのかもしれない。その記憶がないのは、ぽろぽろ忘れていても気にしなかったからに違いない。そういうものなのだ。


ところが、息子はそこまで割り切っていなかった。今日、忘れ物に気が付いた後、突然、

"I've got an idea. I will make a list so I won't forget."
(分かった。忘れないようにリストを作れば良いんだよ。)

"I will need a big piece of paper."
(大きな紙を用意しなきゃ)


といってきた。模範的な発想だ。リストなんて言葉を使っているから、自分で思いついたのではなく、幼稚園で習ったことなんだろう。

決して悪いことではなく、むしろ好ましいことだが、手放しには喜べないように思う。5歳児としては、実務的過ぎて、夢がなさ過ぎるのではないだろうか。

幼稚園からtodoリストやスケジュール管理をし始めたら、どうなるのだろう。人間としての生産性を上げるではなく、歯車化への道を歩むことになるのではないだろうか。

子どもは、きっちりすれば良いものではないはずだ。

などとを考えている傍らで、息子の作りあげたリストは、相当いい加減なものだった。安心したようながっかりしたような、複雑な気分だった。

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テーマ:親の思い・願い - ジャンル:育児

未分類 | 17:57:09 | Trackback(0) | Comments(3)
ぼくのカーシート
息子の幼稚園では、遠足(field trip)の移動手段として、親の車が使われる。毎回、都合の付く親が運転手となり、子どもを数人ずつ乗せていくのだ。

車を出さない親の子どもは、自分の家の車から、チャイルド・シートだけを持参することになる。

先月の遠足では、息子はチャイルド・シート持参組であった。


今日になって、急にそのときのことを話し始めた。


"Do you remember we got lots of quarters from my car seat?"
(ぼくのカーシートから、たくさんコイン[クオーター]が出てきたの覚えてる?)


そう、確かにチャイルド・シートを取り外したら、ジャラジャラとコインが落ちてきたのだ。なんともだらしない状態だ。

"I just gave a quarter to it and then got back lots of quarters back."
(コインを一枚だけあげたのに、たくさんになって戻ってきたんだよね。)


そんなはずはないが、彼は当然のことのように話し続けた。

"This is my magical chair. Thanks, Mr. Chair."
(これはぼくの魔法のいすなんだよ。ありがとう、いすさん。)


次はビスケットでも入れそうな勢いだった。


カーシートに限らず、彼は、身の回りのものは何か超常能力を持っている、と考える傾向がある。それぞれが何が出来るか(あるいは出来ないか)を自らの想像力で判断するため、そうなっているのだと思う。いわゆる子どもの発想なんだろう。


それにしても、お菓子やお金を増やしてくれる道具というのは、子どもだったら誰もが空想することではないだろうか。僕にも、そんな記憶がある。

子どもに共通な願望といったらそれまでだが、そんな超常現象が実在している可能性がないわけではない。

実際今回だって、コインの数を記録していたわけではない。科学的に増えていないとは断言出来ないのだ。


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テーマ:こどものひとこと - ジャンル:育児

未分類 | 17:02:58 | Trackback(0) | Comments(5)

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