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お菓子の国

"What if Earth is made of candy?"
(地球がお菓子で出来てたら?)


息子が言い出した。お菓子の国って、子どもだったら誰もが考えることのように思う。子どもじゃなくても、自分の周りがすべてお菓子で出来ていたら、と考えたら楽しくなってくるものだ。

しかし、最近、彼には砂糖の獲り過ぎは良くない、という意識がある。僕の顔色を伺いながら、少し言い直した。


"What if a half of Earth is made of chocolate and the other half is made of vegetables?"
(地球の半分がチョコレートで出来ていて、残りの半分が野菜で出来ていたら?)


優等生的な回答だが、野菜半球にいなければ何の意味もない。空想の中では、彼はチョコレート半球に住んでいるに違いない。意地悪だと知りながら、どっちに住みたいのか聞いてみた。


"I will be in the middle."
(真ん中がいいかな)


話の流れを読まれてしまったようだ。まあ、砂糖ばかりではいけない、という意識があるだけでもえらいように思う。実際問題、お菓子の国と野菜の国があったときに、野菜の国を選ぶ子どもは、むしろ変わり者の部類に入る。

空想はさらに発展して、どこでも食べ物があったら、と考え始めた。


"What if Earth is full of foods? When you eat food, new one pops up. You don't even have to pay the money."
(地球に食べ物があふれていたら?食べたら、新しい食べ物が出てくるんだよ。お金も払わなくてもいいんだよ。)


なんだか、フォーク歌手みたいになってきている。それでも、そうなったら便利だし、地球上から飢餓の心配も消える。以前、飢餓の問題が話題に上っていたので、それが意識に残っていたのかもしれない。これも悪いことじゃない。

しかし、そうなったら、お金を払わなくていいことは、あまり関係ないのではないだろうか。そのお金はどうするのか聞いてみた。


"You save the money, in case it gets back to normal."
(お金は貯めておくんだよ、もとの状態に戻ったときのために。)


そう来るか。

空想の世界に、現実の世界が顔を覗かせた瞬間だった。6歳が近づいてきた息子の世界を象徴したような台詞だと思った。


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テーマ:保育園児日記 - ジャンル:育児

未分類 | 18:25:14 | Trackback(1) | Comments(3)
新年革命

どういうわけか、アパートの駐車場に新しい車が数台並んでいた。

息子がこれを見過ごすわけがなく、早速何で新しい車があるのか聞いてきた。

本音の回答は、そんなこと知ったこっちゃない、なのだが、何も答えないわけにはいかない。年末年始のセールで買った人が多い、といった程度のことだろうが、そんなことをいちいち確認するのもめんどくさい。適当に、新年だからだろう、と言ってみた。

すると、


"Oh I know that! It's new year's revolution!"
(あ、それ知っている。新年の革命だよね!)


響きは面白かったが、明らかに言い間違いだ。今年の目標(new year's resolution)のことだろ、と確認してみると、どうもそうではないようだ。


No, it is reVOlution!"
(違うよ、革命だよ!)


確信を持っている。修正を試みたが、全く聞き入れる様子がない。仕方がないので、その意味を聞いてみた。


"It is to make you better and make things better."
(それは、自分を良くしたり、いろんなものを良くしたりすることだよ)


玉虫色の回答だ。これだったら、どっちの意味にも取れる。こうきたら、僕の能力では5歳児に違いを理解させることはできない。自分の決意さえあれば、革命だって起こせる、などと哲学的な論理展開をしたら、完全に意味不明になってしまう。

そして、以前話題にしたように、5歳児にとっては1年というのはとてつもなく長い時間なのだ。一年の目標、なんていう概念はありえないのだ。

ということで、彼の仮説を採用することにした。新年になったら、革命が起こり、いろんなものが良くなる。そして、みんな新しい車が入手できる。これだったら、新年を迎えるのがより楽しみになるじゃないか。

ただし、今日は教えられなかったが、それは与えられるものではなく、自分で努力しなければいけない、ということだけは理解してほしいと思った。


テーマ:親の思い・願い - ジャンル:育児

未分類 | 18:19:23 | Trackback(0) | Comments(2)
アイシング

アイシング: 菓子などの砂糖ごろも(広辞苑)
icing: a sweet flavored usually creamy mixture used to coat baked goods. (Merriam-Webster)


息子はテレビのコマーシャルにめっぽう弱い。以前にも話題にさせてもらったが、毎度、シリアルやヨーグルトにはいちころだ。

今回も、この冷凍パンに取り付かれてしまった。

swirlz


手足のついたシナモンロールがトースターに飛び込み、たくさんのミニチュアになって飛び出してくる、というコマーシャルを見て、


"I want that, I want that!"
(あれ欲しい!)


となってしまった。これで朝ごはんを食べてくれるなら安いもんだと(って、理想的な朝食からは程遠いわけだが)、早速買ってきた。

翌朝、オーブントースターで暖めて、お皿の上においた。なんだか冷たい気がしたが、どうせ熱いものは食べられないし、寝ぼけてもいる。そのまま出してみた。

"Swirl!"などといいながら、嬉しそうに食べている。とりあえず、中は凍ってはいないようだ、と思いきや、


"It is cold inside!"
(中は冷たいよ!)


だめだったようだ。しかし、なんだか嬉しそうだ。


"This is good! It is cold inside. Icing inside!"
(おいしいよ!中冷たいよ。アイシング入りだよ!)


確かに、パッケージにもアイシング入りとは書いてある。息子は、もちろん、ケーキに乗せるアイシングのことは知っている。しかし、凍っているパンを口にして、「これもアイシングというのか」と理解したようだ。

先入観に取られないこの発想は、ある意味すばらしい。

それにしても、この半分凍っているパン、本当においしいと思ったのだろうか、それとも納得いかないままおいしいと言ったのだろうか。

とりあえず、しばらくは半焼きの状態で与え続けてみよう。


テーマ:離乳食・幼児食メニュー - ジャンル:育児

未分類 | 13:26:09 | Trackback(0) | Comments(5)
車の運転
幼稚園への送り迎えのとき、僕は息子を助手席に乗せている。

安全面からみたら、望ましくないことだが、車が2シーターなので仕方がない。助手席装着されたチャイルドシートも、見慣れてしまって、最初ほど不自然には感じなくなってしまった。

安全性での最大の問題は、もちろん事故にあったときの衝撃だが、運転中に子どもが何かをいじってしまう可能性という問題もある。実際、息子を乗せ始めたころは、ハンドル、シフトノブ、ハンドブレーキなどにに触りたがって、かなり苦労した記憶がある。

そんなことも、時間が経つにつれて、すっかり忘れてしまった。息子の方も、車に対する興味が薄れてしまったかのように、手を伸ばさなくなっていた。

今日、そんな息子の真意を垣間見れるような出来事があった。

幼稚園へのお迎えのとき、間違って運転席に乗り込んだのだ。昔だったら、大喜びでハンドルをまわしたり、ワイパーをオンにしたりしていたところだが、何事もなかったかのように助手席に移動しようとしていた。

運転したい?と軽く冗談で聞いてみたら、淡々と、


"No, we will get into an accident."
(いや、そしたら事故にあっちゃうよ。)


その通りなんだけど、ちょっと拍子抜けだった。そして、


"I am just a kid. I even didn't get training."
(ぼく、ただの子どもだよ。訓練だって受けていないし。)


と、今まで聞いたこともないような、まともなことを言ってきた。まとも過ぎるくらいだ。

そう、知らないうちに、もう意味もなくコントローラーに手を伸ばすような時期は過ぎてしまっていたのだ。

この成長は嬉しいことだが、もう意味不明なことを言わなくなる兆候でもある。僕の中には、まだまだトンチンンカンな会話を楽しみたい、という気持ちが残っている。

よく言われるように、親の心の準備が整う前に、子どもは成長していってしまう、ということなんだろう。ちょっとみみっちい話だが、息子の一言一言を、もっと大事にしていこうと思った。

テーマ:パパ育児日記。 - ジャンル:育児

未分類 | 16:22:27 | Trackback(0) | Comments(3)
大きな風船
息子は最近、自分で風船を膨らませるようになった。


"I can blow up a balloon all by myself."
(ぼくひとりで風船をふくらませられるんだ)


と得意げだ。あまりにうれしかったのか、誰々の誕生日には、床一面に風船を敷き詰めるとか、今度公園で遊ぶときには公園中風船で埋め尽くすとか、風船を無限に使った企画を夢想している。世の中の風船は、すべて彼の支配下に納まってしまったかのようだ。

そんな企画を話すごとに、


"Can you believe it?"
(信じられないよね!)


と相槌を求められる。すごいよね、という以外は返事に窮してしまう。まあ、どうせ僕の返事は何も聞いていないので、別にそれは問題にはならない。そうこうしているうちに、風船の企画を次々に打ち立ててくる。

ただし、風船界の帝王となった息子も、ひとつ気を使っていることがあるらしい。小さい子がいる前では、大きな風船は作ってはいけないそうだ。

確かに、割れて大きな音を立てたら、小さな子どもは怖がるだろう。そして、割れたときのゴムの破片を間違って飲み込んでしまうと、窒息の原因になる(*1)。これはいい心がけだ。

と思いきや、そういう理由ではないらしい。


"A big ballon has too much air. It is too dangerous for little kids."
(おっきな風船にはたくさん空気が入っているでしょ。それがちっちゃい子にはすごく危ないんだよ。)


だそうだ。詳しく説明を聞くと、割れたときに多量の空気が発散されるため、小さな子どもは吹き飛ばされてしまう、ということだそうだ。

帝王には帝王なりの気遣いがあるようだ。ただ、ちょっと漫画の影響が強すぎるような気がする。


(*1) これが危険ということで、こちらの子ども病院では、ゴム風船の持込は禁止されている。さらに、天然ゴム(latex)アレルギー症者が増加しているため、昔ながらのゴム風船は危険なものとみなされるようになってしまった。その代わりに、病院では、foilあるいはmylarの風船(詳しくはよくわからないが、要はテカテカのやつ)が一般的になってきている。息子の幼稚園では、まったく気にしていないようだが。

テーマ:遊び - ジャンル:育児

未分類 | 15:33:06 | Trackback(0) | Comments(4)
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